TRIPS協定とは?知的財産権を守るしくみや特徴、必要性を解説
知的財産権の保護はますます重要な課題に
現代のグローバル社会において、知的財産権の保護はますます重要な課題となっています。
偽ブランドや海賊版の流通が広まるなか、知的財産をともなう商品やサービスが不正に利用されないようにする枠組みが必要となりました。
そこで登場したのが「TRIPS協定」です。TRIPS協定では、パリ条約やベルヌ条約など既存条約の遵守を義務付けるとともに、これまで存在しなかった権利行使(エンフォースメント)の規定を追加しています。
この記事では、TRIPS協定の概要や従来の協定との違い、基本原則についてわかりやすく解説します。
TRIPS協定とは?簡単に解説
知的所有権の貿易関連の側面に関する協定
TRIPS協定とは、貿易に関する知的財産権を保護するための国際的なルールを定めた協定です。知的財産の保護や権利を行使する手続きの整備を加盟国に義務づけています。
正式名称は「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」といい、世界貿易機関(WTO)設立協定附属書の一つとして1995年に発効されました。
TRIPS協定は、自由貿易を行なううえでの秩序維持を図る目的で作成された多国間協定です。WTO加盟国はそのままTRIPS協定の遵守義務を負い、協定の内容は加盟国各国の国内法に反映され、加盟国間の知的財産の保護水準が統一されています。
なお、TRIPS協定に加入するのはWTO加盟国と同じ、164の国と地域です。
TRIPS協定が設立された背景
1980年代以降、グローバルな市場における知的財産を伴った商品やサービスの取引が急速に増加してきました。これに伴い、コンピューターソフトウェアやプログラム、デザインなど、知的財産に依存する産業が急成長してきました。
しかし、知的財産権の保護を目的とした国際的なルールが整備されていなかったために偽物や海賊版が横行。これにより、公正な競争が阻害され、正当な権利者が不利益を被る結果となってしまっていました。
こうした問題を解決しようと、米国をはじめとする先進国が知的財産権の保護を訴えました。その話し合いが行なわれたのが、1986年から南米のウルグアイで開かれた「ウルグアイ・ラウンド交渉」です。この交渉によってTRIPS協定が成立しました。
TRIPS協定と著作権関連条約
TRIPS協定は、著作権と著作隣接権の両方を保護の対象としています。著作権とは、小説や音楽、発明品などの創作物を無断使用・コピーされない権利です。著作隣接権とは、実際の著作者ではないものの、その著作物を伝達するに値する実演家やレコード製作者、放送事業者などに認められている権利となります。
日本国内において、著作権は1886年採択のベルヌ条約、著作隣接権は1961年採択のローマ条約にて保護され、さらに両権利の対象者においてはTRIPS協定でも保護されています。
近年ではインターネット時代の到来により、上記に加え「著作権に関する世界知的所有権機関条約(WCT)」や「実演家及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)」なども締結しています。
TRIPS協定とパリ条約の違い
パリ条約は、1883年に成立した特許・商標などの工業所有権を保護する条約です。TRIPS協定は、この工業所有権や著作権を含有する知的財産権の保護水準を、先に触れたベルヌ条約などとともに「パリプラスアプローチ」と呼ばれる方針をとることで大幅に強化しています。
TRIPS協定とパリ条約の大きな違いは、工業所有権だけでなく、知的財産権を全般的にカバーしている点です。パリ条約に未加盟であっても、WTO加盟国には遵守義務が生じています。さらに、権利行使や紛争解決のシステムを明確化することで実効性を高めました。
TRIPS協定の原則「内国民待遇」・「最恵国待遇」
TRIPS協定では、「内国民待遇」と「最恵国待遇」の2つを基本原則としています。ここでは、この2つの原則の概要を解説します。
内国民待遇
TRIPS協定では、「各加盟国は,知的所有権の保護に関し,自国民に与える待遇よりも不利でない待遇を他の加盟国の国民に与える」と定めています(第3条※)。これを「内国民待遇」と呼びます。つまり、自国民と外国人の差別を禁止し、平等に扱うことを求める原則です。
※引用元:特許庁「TRIPS協定2」(https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/trips/chap2.html)一方、GATT(関税の引き上げなどにおける貿易の制限を廃止し、自由貿易をグローバルに推し進めることを目的として制定された国際協定)における内国民待遇では、国産品に付与される待遇と、輸入品の待遇が不利にならないように定めています。
この点、TRIPS協定の内国民待遇は、GATTとは一線を画したものになっています。
最恵国待遇
TRIPS協定では、「知的所有権の保護に関し,加盟国が他の国の国民に与える利益,特典,特権又は免除は,他のすべての加盟国の国民に対し即時かつ無条件に与えられる」と定めています(第4条※)。これを「最恵国待遇」と呼びます。つまり、特定国に与えた権利はすべての加盟国に対しても与えなければならないという原則です。
※引用元:特許庁「TRIPS協定2」(https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/trips/chap2.html)なお、最恵国待遇が明記されたのは、知的財産関連条約ではTRIPS協定が初めてです。
また、GATTでは関税などの貿易関連事項に関する待遇を平等にするために最恵国待遇の規定を設けています。その内容はTRIPS協定と同様です。
TRIPS協定の特徴
では、TRIPS協定によって保護される権利にはどのようなものがあるのでしょうか。
ここでは、TRIPS協定の保護対象や保護期間、特許権利者に与えられる権利と例外を解説します。
保護対象となる知的財産と保護期間
TRIPS協定における知的財産の保護対象と期間は以下のとおりです。
- 1コンピューター・プログラム及び映画
権利者の許諾を得た公表の年の終わりから少なくとも50年 - 2レコードなどの録音物
固定または実演が行なわれた年の終わりから少なくとも50年 - 3商標
商標の最初の登録及び登録の更新の存続期間は、少なくとも7年(何回でも更新可) - 4意匠
少なくとも10年 - 5集積回路の回路配置
登録出願の日または世界における最初の商業的利用の日から少なくとも10年 - 6地理的表示
その品質により「産地」を特定できるような名称(地理的表示)が付いた加工食品などが対象加盟国は、品質基準を満たしていない・模倣品の流通を防止するための法的手段を確保し、保護する - 7開示されていない情報の保護
・営業秘密、秘密であることにより商業的価値があることが対象
加盟国は、不正競争から守るため「開示されていない情報」を保護する
・政府機関に提出されるデータ
加盟国は、不公正な商業的使用から当該データを保護する
特許権利者に与えられる権利と例外
TRIPS協定で定義される知的財産の保護として、特許権利者には次のような排他的権利が与えられています。
- 特許の対象が物である場合には、特許権者の承諾を得ていない第三者による当該物の生産,使用,販売の申出若しくは販売又はこれらを目的とする輸入を防止する権利(※)
- 特許の対象が方法である場合には、特許権者の承諾を得ていない第三者による当該方法の使用を防止し及び当該方法により少なくとも直接的に得られた物の使用,販売の申出若しくは販売又はこれらを目的とする輸入を防止する権利(※)
- 特許を譲渡し又は承継により移転する権利及び実施許諾契約を締結する権利(※)
※引用元:特許庁「TRIPS協定3」(https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/trips/chap3.html#law27)
ただし、例外として「特許の通常の実施を不当に妨げず,かつ,特許権者の正当な利益を不当に害さないこと」※を条件に、加盟国は「第三者の正当な利益を考慮し,特許により与えられる排他的権利について限定的な例外を定める」※ことができます。
TRIPS協定はなぜ必要?3つの目的
知的財産の制度は各国で独立しており、権利取得や保護水準がバラバラであるという課題がありました。こうした状況を解決するため、世界的な知的財産権の保護強化が要請されるようになり、TRIPS協定の成立につながっています。
TRIPS協定の目的はおもに3つ・知的財産権の保護強化のため
・手続きの簡素化のため
・多国間の紛争解決のため
ここでは、それぞれの内容について詳しく解説します。
TRIPS協定では、著作権や著作隣接権、特許権などの権利保護を定めています。従来の条約よりも保護を強化することを目的として、知的財産権行使(エンフォースメント)に関する規定を創設していることが特徴の一つです。
TRIPS協定ではWTO加盟国に対し、このエンフォースメントのための整備などを義務づけました。具体的には、国境措置や民事執行、刑事執行について規定しています。
また、日本の特許庁が出した特許審査結果を提出することで、相手国で迅速に特許取得ができるようになりました。相手国で実態審査を行なわなくても特許取得、あるいは、早期審査ができるよう定めています。
TRIPS協定は、特許出願などを行なう際の手続きを簡素化して負担を軽減することで、容易に権利が取得できるようにしています。
具体的には、経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)における公証義務を原則廃止しました。また、先の商標登録出願を証明する優先権証明書の翻訳文証明手続きの簡素化などの規定を導入しました。
また、TRIPS協定では手続きを簡素化するとともに、その透明化にも注力しています。知的財産権の権利者が情報を容易に入手できるよう整備することで、自己の権利を保護するための行動を取りやすくしています。
TRIPS協定は、多国間で知的財産権に関する紛争が発生した場合、WTOの紛争解決機関(DSB)に提訴できる仕組みを導入しています。これにより、加盟国が協定に違反した場合でも、国際的なルールに基づいて客観的な解決を図ることができます。
一般的な紛争解決手続きの流れは以下のとおりです。
WTOの紛争解決機関は、違反行為を行なった加盟国に対して是正措置を勧告します。加盟国が是正勧告に応じない場合には、制裁措置が発動される可能性があります。こうした紛争解決システムは紛争の長期化や政治化を防ぐうえで有用です。
TRIPS協定により簡易迅速な権利付与が可能に
近年では、デザインやコンピューター・プログラムなどの発明品を利用したサービスや商品が急激に増加し、知的財産権保護の必要性が高まってきました。こうした背景から、世界的な規模で知的財産権を保護してきたパリ条約やベルヌ条約を遵守し、さらにその保護を強化するためにできたのがTRIPS協定です。
TRIPS協定は簡易迅速な権利の付与を可能にしました。日本の特許審査結果を他国へ提出することによって、他国での特許取得や特許審査が迅速に行なわれるなど、手続きの透明化、簡素化を図っています。これにより、偽ブランド品の流通や、海賊版CDの違法販売などの防止することが可能となるのです。