Newsletter 2023年6月号
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長雨の季節となりましたが、皆様におかれましては、季節とはうらはらに晴れやかにご活躍のこととお喜び申し上げます。
さて、今月号のニュースレターのトピックスですが、「ネットワーク関連発明と属地主義-ドワンゴ社の特許権侵害差止等請求控訴事件-」「特許制度の解説-第三者意見募集制度-」についてです。
ネットワーク関連発明と属地主義
-ドワンゴ社の特許権侵害差止等請求控訴事件-
2023年5月26日、ドワンゴ社が控訴していた特許権侵害差止等請求控訴事件(令和4年(ネ)第10046号)に対する知財高裁の判決が出ました。サーバーと複数の端末を構成要素とするシステムの発明において、一定の要件を満たすときには、日本国外に存在するサーバーと日本国内に存在するユーザー端末からなるシステムを新たに作り出す行為が、上記発明の実施行為である「生産」に該当すると認められました。
特許権には、属地主義という考えがあり、各国の特許権は、その国の法律によって定められ、その効力は、当該国の領域内においてのみ認められます。そもそも、特許法の制定当時は、ネットワーク関連発明等は想定されておらず、これまでのように属地主義の原則を貫くと、IT化が進み、国境を越えた情報化社会となった昨今の実情とズレが生じていました。また、特にIT業界を中心に、サーバーを国外に設置するだけで侵害を問われなくなるとの批判も多くありました。
今回の知財高裁の判決は、別の侵害訴訟事件とも絡んでいるので、そちらの判決からご紹介します。なお、本稿では、発明の実施行為の一部が日本国外で行われたという点に焦点を当てて解説しています。
令和4年7月20日知財高裁判決、平成30年(ネ)第10077号 特許権侵害差止等請求控訴事件
関連する特許権
原告・控訴人(特許権者):株式会社ドワンゴ
被告・被控訴人1:米国ネバダ州に設立された外国法人(インターネット上でのブログや動画配信サイトの運営等を業とする)
被告・被控訴人2:日本の株式会社(インターネットを利用した各種情報提供サービス等を業とする)
争点:電気通信回線を通じた提供行為(特許法2条3項1号)の一部が日本国外で行われた場合、我が国の特許権を侵害するか。
一審の東京地裁では、被告らの行為は、発明の全ての構成要素を充足せず、発明の技術的範囲に属さないとして非侵害となりました。そのため、一部海外実施に関する議論はなされませんでした。
知財高裁では、1つの特許権について侵害が認められ、そのうえで、一部国外実施については、「ネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。
他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される」との解釈が示されました。(判決文より引用、下線は筆者による。)
「実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るもの」の判断基準:
(1)当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、
(2)当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、
(3)当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、
(4)当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているか
などの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。
(判決文より引用、符号は筆者による。)
これらの判断基準をもとに、知財高裁は、被告らの行為が日本国内で行われたものと評価し得るとして、一部海外実施であったとしても日本国の特許権が及ぶと判断しました。
今回、令和4年5月26日知財高裁判決、令和4年(ネ)第10046号 特許権侵害差止等請求控訴事件
関連する特許権
原告・控訴人(特許権者):株式会社ドワンゴ
被告・被控訴人:米国ネバダ州に設立された外国法人(インターネット上でのブログや動画配信サイトの運営等を業とする)
争点:サーバーとネットワークを介して接続された複数の端末装置を備えるシステムの発明について、日本国外に存在するサーバーと日本国内に存在するユーザー端末からなるシステムを新たに作り出す行為は、特許法2条3項1号所定の「生産」に該当するか。
一審の東京地裁では、被告の各システムは、本件特許に係る発明の全ての構成要件を充足し、発明の技術的範囲に属するが、属地主義の原則から、構成要素である被告サーバーが米国内に存在し、日本国内に存在するユーザー端末のみでは、本件特許に係る発明の全ての構成要件を充足しないことから、日本国内で「生産」したものとは認められず、非侵害となりました。
知財高裁による大合議判決※では、
「当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。(省略)当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である」との見解が示されました。
(判決要旨より引用、下侵害線は筆者による。)
侵害行為が日本国内で行われたものとみることができる判断基準:
(1)ネットワーク型システムを新たに作り出す行為の具体的態様、
(2)当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、
(3)当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、
(4)その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響
等を総合考慮して、我が国の特許法上の「生産」に該当するのが相当である。(判決要旨より引用、符号は筆者による。)
上記、(1)~(4)の基準の当てはめ:
(1)米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。
(2)国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。
(3)被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、
(4)また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。
(判決要旨より引用、符号は筆者による。)
以上のように、知財高裁は、侵害行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、我が国の特許権の効力が及ぶとする柔軟な見解を示し、属地主義に関する新たな判断基準を示した画期的な判決となりました。
<用語解説>※知財高裁では、原則3人の裁判官で審理をしますが、特に重要な論点を扱う場合は裁判官5人で討議し、所長が裁判長を務める大合議体が形成されます。
特許制度の解説-第三者意見募集制度
前述のドワンゴ社の特許権侵害訴訟事件では、第三者意見募集が行われました。この制度は、令和3年の特許法改正で新設されたのもので(特許法105条の2の11)、当該事件で初めて採用されました。
近年、IoT関連技術の発展が目覚ましく、特許を巡る情勢も大きく変化しています。裁判所の判断は、当事者のみならず、当該特許権等に関連する多数の業界に対して大きな影響を及ぼす可能性があり、裁判官が必要があると認めるときは(当事者の申し出により)、広く一般に対し意見を求め、判断を行えるようにするために、この制度が整備されました。※1
制度導入のきっかけとなったのは、アップルとサムスンの訴訟でした。(知財高判平成26年5月16日(平成25年(ネ)第10043号))本事件は、FRAND宣言がされた特許権について、ライセンス契約が締結できなかった場合に、損害賠償請求権を行使することが認められるか否か等が争点となりました。これは、日本のみならず国際的な観点から捉えるべき重要な論点であり、かつ、当該裁判所における法的判断が、技術開発や技術の活用の在り方、企業活動、社会生活等に与える影響が大きいことから、両当事者の訴訟上の合意に基づき、意見募集が実施され、国内外合わせて58通の意見書が提出されました。※2
第三者意見募集の対象となる事件
東京地裁および大阪地裁が第一審となる場合、及び控訴審(知財高裁)が対象であり、審決取消訴訟は対象となりません。また、特許権又は実用新案権に限られ、意匠権、商標権の侵害訴訟は対象になりません。
ドワンゴの特許権侵害訴訟事件では、以下の募集が掲載されました。募集要項※3
- サーバと複数の端末装置とを構成要素とする「システム」の発明において、当該サーバが日本国外で作り出され、存在する場合、発明の実施行為である「生産」(特許法2条3項1号)に該当し得ると考えるべきか。
- 1で「生産」に該当し得るとの考え方に立つ場合、該当するというためには、どのような要件が必要か。
なお、意見募集の実施及び募集内容等は、知財高裁ウェブサイト等に掲載されます。
引用元:
※1 知的財産高等裁判所 ホームページ「第三者意見募集制度について」
https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisansha/index.html 最終閲覧日:2023.6.19
※2 特許庁 「令和3年法律改正(令和3年法律第42号)解説書 第2章 特許権等侵害訴訟等における第三者意見募集制度の導入」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/kaisetu/2022/document/2022-42kaisetsu/06.pdf
※3 知的財産高等裁判所第1部「募集要項」
https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/boshuuyoukou_n_n.pdf